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パラケルススの小瓶 - 滲む世界と君の“××” -

​調合士:

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​システム:

マギカロギア

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​対象年齢:

全年齢

18
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処方箋

配架いたします。マギカロギアのシナリオです。遊ぶためには基本ルールブックが必要です。

Introの物語から少し経ち、ひとりの魔法使いがパラケルススの工房を訪れます。

シナリオ略称は「ぱらにじ」です。よければそう呼んでください。

ぜひ「『パラケルススの小瓶』テーマ」と併用してシナリオをお使いください。


あなたも「毒」を手に、此処へ集ってみませんか。


---





パラケルススの小瓶 - 滲む世界と君の“××” -


推奨階梯:3

推奨人数:1

リミット:6

シナリオ作成:薙


プレイ時間:ボイセで4~5時間




■トレーラー

 いつからだろう。気がつかぬ間に手にしたものがある。

 透明な、手のひらほどの大きさをした小瓶。中には手紙が入っていた。


 “手に手に毒を。湛えてどうぞ、おいでなさい”


 書かれていたのは、それだけだった。

 けれど、何故だろうか、その一文ですべてがわかってしまったのだ。

 ――あぁ、あそこにいかなくてはと。


  魔道書大戦RPG マギカロギア 「パラケルススの小瓶 - 滲む世界と君の“××” - 」


 蝕まれているのだ、あなたが想う“毒”に世界は。

 いや、元からそれは誰かの“毒”であったのだ。




■はじめに

 このシナリオは、第三階梯の魔法使い一人で遊ぶことを前提に作られたシナリオです。

 遊ぶためには基本ルールブックが必要です。

 また、マギカロギアの世界観の他に、当シナリオが参加している「パラケルススの小瓶」というウェブアンソロジー企画の公式世界観を用いています。GMは公式ページIntro「あなたがここに至るまでのお話」(https://peaslabo.wixsite.com/paracelsus20220401/intro)を一読しておくとよいでしょう。




■PCについて

 このシナリオではPCに対し、そのPCにとって一番の「毒」であるものと、なぜそう想うのかを問います。

 そのため、GMはあらかじめプレイヤーに、そのPCにとって毒であると思うものをひとつ考えてきてもらってください。具体的なものでも抽象的なものでも構いませんが、概念や単語で表せるものだとやりやすいかもしれません。

 もしPCにとっての来歴やトラウマめいた思い出などの設定面が密接に絡んでいるときは、GMはそれも織り込んでシーンを描写するとよいでしょう。

 このシナリオはRP寄り対話重視となります。「PCにとっての毒とはなにか」というテーマの関係上、物事をよく考えたり、後述する薬剤師たちと対話してくれるPCだと楽しさをより味わえます。あるいは、設定面を掘り下げたいというPCにも向いているでしょう。




■タイトルについて

 当シナリオの題名「パラケルススの小瓶 - 滲む世界と君の“××” - 」のサブタイトルにある伏字(××)は、シナリオ開始時の段階では伏字のままです。しかしシナリオ終了時に、伏字にはそれぞれのPCが想う毒の単語が当てはまります。これはそのPCごとにシナリオタイトルもオリジナリティを持たせたいため、もし参加PCのキャラシにタイトルを書く方がいらっしゃった場合は、伏字をそのまま各単語に置き換えて記入していただいて大丈夫です。(ただしそれ以上のネタバレにはご配慮ください)

 サブタイトルにあまり当てはめづらい単語や物理的な物体などが毒であった場合は、その毒を持ってきた理由を鑑みてGMが相応しい単語を選び、当てはめてください。単語数は特に制限はありません。




■背景

 いつからだったか気がつかない間に、PCは小さなガラス瓶を手にしていました。「手に手に毒を。湛えてどうぞ、おいでなさい」、そう書かれた紙片だけが入っている小瓶は、実は人界ではない別世界から送られてきていた代物でした。PCは瓶に「自身にとって一番の毒であると想うもの」を入れ、そして小瓶とともに別世界へ運ばれることになります。


 あらゆる世界と関わりを持ち、しかしあらゆる世界のどこにも直接な繋がりのない場所。「パラケルススの工房」は、様々なヒトの意識や想像の向こうにぽつりと存在している、小さな世界――異境(ビヨンド)です。

 天河石の海を通して空っぽの小瓶が様々な世界のヒトビトのもとに届き、各々が「毒」だと想う代物を小瓶へ入れ、それが送り返されて珊瑚の浜辺に流れ着きます。こうして色々な毒の瓶が、工房である瑪瑙の建物の薬棚に並びます。工房の主である“パラケルスス”と、パラケルススに拾われた薬剤師は、ずらりと並ぶ数多の毒を管理し、時折訪れる客の要望を聞いて適切な毒瓶を処方していました。

 そんなあるとき、浜辺にはひとつの瓶が流れ着き、いつものように薬剤師が拾いました。しかし実は、その瓶には断章〈誰か〉が入っていました。小瓶を拾った何者かのうち、〈断章〉が毒であるとして送った者がいたのです。魔法使いであれど理が違うため、〈断章〉のことをなにも知らないパラケルススでしたが、それでも厄介な代物ではあることに気づいて厳重な管理をします。一見上手くいっているように見えましたが、断章〈誰か〉は管理されているふりをして、隙を窺っていました。

 片割れである断章〈毒〉は、断章〈誰か〉の因果に引っ張られるようにして工房に辿り着きます。しかし基本的にこの異境に滞在できるのは、小瓶を拾った者が想う「毒」か、毒を求めて無意識に迷い込んだ「客人たち」かのいずれかです。小瓶に入れられずなかった断章〈毒〉は「毒」ではなく「毒を求める客人」として世界に認識され、自らの定義をなくしてしまいます。そうして〈断章〉としての自己を見失った〈毒〉は、PCがこの異境へ訪れたのをきっかけに、「世界で一番の『毒』」を求め続ける少女として存在することになったのです。


 禁書〈誰かへの毒〉は、誰かの思想で無意識下に世界を蝕み、その者が想う「毒」に世界の意識を染めていく魔法災厄を持ちます。「パラケルススの工房」は小さな異境ですが、各々が想う毒が集まる場所であり、様々な世界の存在が毒を届けたり求めたりといった具合で関わるため、魔法災厄の効果を他世界にまで伝播させることもできるはずでした。しかし工房の主……すなわちこの異境の主であるパラケルススは、「すべてのものは毒であり、毒でないものなど存在しない」という、毒に対して価値観の優劣を持たない思考の持ち主です。もうひとりの住人である薬剤師も愚者であるうえ、「自身そのものが毒であるが、適切な用法用量を心掛ければ役立つこともできる」という考えでいる以上、他の世界へ毒を広めようがありません。

 しかも断章〈誰か〉は毒として陳列されてしまった以上、毒を持ち帰る運命にある客人でも来ない限り、このままでは「パラケルススの工房」から出ることすら叶いません。ゆえに、来訪者であるPCが来たことを渡りに船だと思い、魔法災厄を起こすこととなります。


 魔法使いの想う毒は世界にとっての毒となり、そのまま世界は蝕まれていくのです。

 果たして、自身が想う「毒」を手に訪れたPCは、「毒」を持ち帰ることができるでしょうか。




■舞台

 主な舞台となるのは、「パラケルススの工房」です。

 この異境は「不干渉」、「知覚遮断」、「復活支援」の世界法則が存在しています。シーン表は当シナリオオリジナルの「パラケルススの小瓶シーン表」を使用します。




■導入フェイズ

 以下のシーンが発生します。


●仕入れの時間

 マスターシーンとなります、PCは参加できません。GMはその旨を宣言したのち、以下の描写を挟んでください。


――――


 珊瑚の浜辺に向かう森の道に、影が一つあった。

 森を覆う地衣のようなゆったりとしたローブを身に纏い、長い銀色の髪を緩く編んでいる。中背の、男にも女にも見える曖昧な容貌をした人の形のものだ。その瞳は、真白な砂浜の光を受けて幾重にも色を変える。

 痩身の体躯に似合わぬ大きな箱を抱えたそれは、水際に荷を下ろすと一息をつく。そして、水面に軽く指を滑らせた後、箱の中から小瓶を取り出した。小瓶の中には、なにやら紙片のようなものが入っている。


「さァ、仕入れの時間だ。いっておいで」


 高くも低くもない、静かな声で呟くと、それは小瓶を水中へと放る。

 小瓶は軽く沈み込んだ後、名残惜しそうに波間から顔を見せるが、やがてとぷんと消えていった。

 そのようなさまが、いくつもいくつも繰り返し行われる。


 最後のひと瓶が水中に消えるころ。

 空には粉砂糖を吹いたような星空が広がっていた。


 人の形をしたものは、パンパンと手をたたくと、空き箱をもって森へと戻っていく。その向こうには、明かりの灯る真っ白な建物があった。


――――


 (以上、「パラケルススの小瓶ウェブサイト Intro あなたがここに至るまでのお話」から引用)



●あなたが想う毒

 小瓶に毒を入れるシーンです。


 PCのもとには、いつから手にしたか分からないものとして、ひとつの小さな小瓶がありました。中には紙が入っており、「手に手に毒を。湛えてどうぞ、おいでなさい」とだけ書かれておりました。

 たったそれだけの、ともすればなにかのジョークかいたずらでしかないような、なんの変哲もない文章。そのはずなのに、PCはどうしてか「あぁ、あそこにいかなくては」と強く思います。


 ここでプレイヤーに、PCにとって毒であると思うものをひとつ挙げてもらいましょう。PCにとって一番の毒が望ましいです。

 「毒」は具体的なものでも構いませんし、形のない抽象的なものでも構いません(寧ろ概念的なもののほうがよいでしょう)。物体ですらなくとも、魔法使いであれば、その言葉を小瓶に流し込んでしまえるからです。小瓶に物理的に入れられないとしても、魔法で形を変化させたり縮小させたりして入れたことにしましょう。

 抽象的なものは、プレイヤーの要望が特になければ、水薬として小瓶に入ります。色や見た目はプレイヤーの任意です。

 なお、もし自分自身を毒とするPCなどがいた場合は、自身という概念と因子を毒として注ぐなど、それをどうにか他者が飲めるように描写してください。


 蓋をしてしまえば、自分だけの毒入り瓶の完成。

 途端、PCの意識は遠のきます。



●パラケルススの工房

 PCが毒瓶を携え工房へ訪れるシーンです。


 ザザン、ザザンと潮騒の声。

 ふと気がついたとき、PCは見知らぬ場所に立っていました。そこは、天河石の海から玻璃の波が押し寄せる、珊瑚の浜でした。手には、PCが想う毒が入った小瓶が確かに握りしめられておりました。

 空は濃紺の天鵞絨でできた帳のように艶めいていて、無数の金剛石が散らばったかと見紛うほど星々が煌めいていました。振り返ると、緑青の森の向こうに白い瑪瑙の建物が見えます。

 建物のほうにまで歩いてやってくると、木々のアーチの先にあったその建物には入り口という入り口はなく、ただ向こう側が見えないトンネルが続いているような様相が広がっていました。そしてその内側には薬棚がずらりと聳え立ち、色とりどりの薬瓶が所狭しと並べられていたのです。

 PCが中へ入り込むと、服の裾でも引っかかったか風が起こったのでしょうか、かろんと鐘の音が響きました。

 瑠璃と瑪瑙の床をたたいて、足音がひとつ。現れたのは手袋とマスクに白衣で身を包んだ、ひとりの子どもでした。

「お客さまですね。ようこそ、パラケルススの工房へ。今日はなにをお求めですか?」

 子どもはそうにこやかに告げましたが、PCの持つ小瓶に気づいて目を瞬かせ、慌てて訂正します。

「失礼しました、瓶を持ってきてくださったんですね。毒は湛えて……いらっしゃいますね。お預かりしますよ」

 PCは子どもにこの小瓶を手渡せばいいのだろうと直感します。薬剤師然とした子どもに小瓶を渡すと、子どもは丁重にそれを扱って。

「……あっ、しまった。せっかくいらしたお客さまなんだから、ススさんのところにお通ししないと。案内しますよ」

 と、中へ進んでいき、PCを誘うように振り返りました。


 床をたたく足音がふたつ。前を歩く子どもにしばらくついていけば、少し開けた調剤室のような一角に辿り着きます。

 そこにはひとりのシルエットが椅子に座っておりました。近づくにつれて、その姿の詳細が見えてくることでしょう。

 中背の、男にも女にも見える曖昧な容貌をした、ヒトの形をしたもの。緩く編まれた長い銀色の髪に、何色にも捉えられる不可思議な虹の瞳を携えて、どこか浮世離れした雰囲気を漂わせる存在。水煙草をくゆらせていたそれはパイプを置くと、興味深そうに首を傾げました。

「いらっしゃい。おやおや、随分と面白いお客がいらしたもんだ。はて、薬剤師が抱えているそれは、君が持ってきた毒かい。わざわざ運んできてくれるたァ、驚いた。此度はどんな毒が入っているのやら……あァ、保管場所はいつものように君に任せるよ、薬剤師」

「はい、パラケルススさん」

 薬剤師と呼ばれた子どもは嬉しそうに返事をして、瓶とともに去っていきます。銀髪の者は愉快そうに笑って見送ると、机を挟んで反対側の椅子へ腰掛けるようPCに勧めました。

「さて、私は“パラケルスス”。まずは礼を言おうじゃないか。ちょうど今、仕入れの時期でね。少し瓶が足りなかったところなのさ」

 パラケルススと名乗る存在は、口元にゆるりと弧を描きました。

「しかし、ここに無事辿り着けたということは、私と君には奇妙な縁があったってことさね。そして瓶を渡しても元の場所に戻れずにいるってこたァ、まだここになにかしらの用事があるってことだろう。お前さん、毒をお求めかい? ……あるいは、小瓶のほうが君に見つけてもらいたがっているか」

 頬杖をついて、パラケルススはPCを覗き込みます。

 そこへ、かろんと再び鐘の音が。

 おやま、既にお客がいるというのに。目をぱちくりと瞬かせ、パラケルススはやれやれと立ち上がりました。

「悪いねェ、お客人。今宵はどうやら忙しくなるようだ。どれ、しばらく見物していくかい」


 薬瓶が並ぶ一路を引き返すと、入り口では薬剤師が客人の応対をしているところでした。客人はあどけなさが残る少女であり、彼女の様子に薬剤師は困った表情を浮かべてPCたちのほうを振り返りました。

「ススさーん……」

「どうしたんだい、薬剤師……おや、子どもじゃないか。珍しい」

 パラケルススは少女のもとへ近づくと、しゃがみ込んで挨拶を述べました。

「ごきげんよう。随分とまた小さな客だなァ。それで、お前さん、今日はなにをお求めで?」

 しかし少女は大きなまなこの端を精一杯つり上げて、パラケルススに威勢よく声を放ったのでした。

「世界で一番の毒を頂戴!」


 PCのシナリオアンカーは「“パラケルスス”」、「薬剤師」、「客の少女」のいずれかとなります。関係欄にその名前を記入し、【運命】を一点上昇させます。【運命】の属性は任意です。

 また、PCは1D6を振って、それに【根源力】を足します。その値が、そのセッションの初期の【魔力】となります。




■メインフェイズ

 以下にメインフェイズにおける注意点や特殊な処理、挿入されるマスターシーンを記述します。


●開始時の注意点

 ・憑依深度はありません。

 ・運命変転表は「狂気的災厄」を用います。ただし魔法使いに対しては「魔法使いの災厄」を使用します。


 以上のことを、GMはメインフェイズ開始時にプレイヤーへ説明します。



●運命変転について

 PCが客の少女と【運命】を結んでいる際、運命変転が発生しても、彼女は運命変転の対象になりません。

 彼女の正体についてはマスターシーン「服用」で明かされるため、程よくぼかしてください。


 また、パラケルススは魔法使いではありますが、PCとは理の違う魔法使い(つまるところ大雑把に言うならば〈越境者〉に近しいですが、その区分とも厳密には異なります)であるため、運命変転の概念が存在しません。パラケルススに運命変転が発生した場合、それはそのままPC自身へ跳ね返ってきます。PCに魔法使いの災厄を適用してください。

 薬剤師は愚者同様の扱いになります。但し薬剤師に同じ運命変転が二回以上降りかかった場合、二回目以降は反映されず、代わりにPCは魔法使いの災厄を被ります。



●取り扱い注意

 マスターシーンです。「“パラケルスス”」の【秘密】を開示すると発生します。

「あァ、そういやお前さん」

 パラケルススはそう言ってPCを呼び止めました。

「実は先日仕入れた毒の中に、少し厄介なものが混じっていたようでねェ……薬剤師には扱いを厳重に注意するよう言っちゃいるが、君も気をつけることだよ」



●薬剤師の問い

 マスターシーンです。「薬剤師」の【秘密】を開示すると発生します。

 薬剤師は【秘密】にあるように、PCへ「導入で選んだものについて、なぜPCは毒としてそれを選んだのか」を問います。少女にふさわしい毒瓶を探している最中のようでしたが、中々見つからず、休憩がてら話を振ってみたようです。

 PCがなぜそれを毒として選んだのか、またなぜ毒であると思うのか、GMは薬剤師を用いて話を引き出しましょう。薬剤師は愚者ですが、かなりの種類の「毒」を扱ってきたので、PCの瓶に入れられたものがどういった性質のものであるかを少しですが感じ取ることができます。

 ある程度話を聞くと、薬剤師はしばし考え込み、「もしかすると……」となにかを言いかけます。しかしその言葉を遮るかのように、鐘の音が響きました。

 かろん、からん、かろん、からん……。鳴りやむどころか、段々不吉めいて歪み始める鐘の音。なんだか妙だと、薬剤師は辺りを見回し始めました。

 後ろも前も、どこまでも一直線に続いていく薬棚の様相は、この世界にとって普通の光景なのでしょう。けれどPCは、その静謐な光景の端でじわじわと「なにか」が侵食しているような様子を幻視します。それはすぐに視界から消え去りましたが、世界に漂う気配が先ほどからうっすら変わり始めていることを、PCは感じます。


 GMはランダムに特技をひとつ選び、選ばれた特技でPCは判定を行います。失敗すると運命変転が一回発生します。


 気づけば、鐘の音は途切れていました。

「なんだったんでしょう、ススさんに知らせなくっちゃ……」

 薬剤師は不安そうにしつつも、パラケルススを探すべくその場を去ります。なおパラケルスス、客の少女はともに鐘の音が聞こえていません。



●急性中毒症状

 マスターシーンです。「“パラケルスス”」、「薬剤師」、「客の少女」の【秘密】をすべて開示すると発生します。

 PCは、世界に漂う気配が、やはり段々変わっていることに気づけます。幻想的で不可思議だった感覚は薄れ、PCにとってなんだか馴染みある、しかし息苦しさを感じるものへと移ろいかけているのです。

 ふと薬棚を見ると、そこにはPCが選んだ毒で満たされたガラス瓶が、一面にぎしりと詰められています。反対側を見れば、一様に同じ棚。浜辺に流れ着く小瓶も、薬剤師が抱えている箱の中も、PCの「毒」。

 鐘の音が遠くに響きわたり、奇妙な感覚がPCを蝕みます。まるで、PCの意識が世界に溶け出して、広がっていっているかのような。


「どうしたんだい」


 気づけば、パラケルススに声をかけられていました。辺りをもう一度見回せば、そんな光景はなく、PCが持ってきた毒瓶はどこにもありません。そこには初めて来たときと変わらず、色とりどりの小瓶が薬棚に並んでいます。

 白い指がそれを一本取り出して、PCの目の前で軽く傾けてみました。

「別にこれをお求めのようだったわけじゃ、なさそうだ」

 ふむとパラケルススは興味深そうにPCを覗き見て、それから顔を離すと、小瓶を棚へ戻しました。

「薬剤師が戸惑っていたんだよ。お前さん、あの子と一緒に変な出来事を経験しただろう。もしかすると……厄介な毒でも回り始めたかねェ」


 GMは「パラケルススの工房」のハンドアウトを公開します。



●蝕まれているのだ、世界は

 マスターシーンです。「パラケルススの工房」の【秘密】を開示していると発生します。

 PCの目の前で、薬剤師と客の少女が話をしていました。

「もう、いつまで待たせるの? わたしの求めてる毒が分かったかもって言ってから、だいぶ経つじゃない」

「すみません、もう少し待っててくれますか? ……おかしいなぁ、どこにも見つからないなんて……」

 困り果てた様子で、薬剤師は辺りの薬瓶を見回しました。

 薬剤師に詳細を問うと、「(PCの名前)さんが持ってきてくださった毒瓶が、ないんです」と眉を下げて答えます。

 毒の管理はしっかりと行っていたと、薬剤師は語ります。どこになにが置かれているのか、薬剤師はほとんどを把握していました。PCが持ってきた毒瓶も、置く場所を決めて、記憶していました。でも、あるはずの場所にはなかったのです。それどころか、工房中の棚を探しても見つからなかったと証言します。パラケルススは瓶を動かしていないらしく、不可解な状況に薬剤師は頭を抱えてしまいます。

 ところが。

「当然さ。だって僕が持っているんだもの」

 そう声が聞こえた途端、PCの視線の向こうに人影が現れました。それはPCとそっくりそのまま同じ姿をとっています。声音や口調も、PCのものと同一です。(そのため、GMは適宜台詞を変えてください)

 薬剤師や客の少女には、その姿は見えていないようです。ふたりが認識できていない中、工房の空間をじわじわと「なにか」が侵食しているような様子が、PCにははっきりと見て取れます。その「なにか」に侵食されていく薬棚の中は、PCが想う毒が幻覚として並ぶさまが反映されていました。

「この世界は人界にも、他の世界にも関わっているんだ。ヒトの意識、想像と密接に。だからね、この工房が君の『毒』で染まれば、ここに来る客は皆君の想う『毒』を手にする。そして毒の仕入れ人も、ここに君の想った『毒』を持ち寄ってくる。複数の世界の意識が、君の想う『毒』で染まって……いや、逆かな。元から、君のそれも、誰かが想う『毒』だったのかもしれないからね」

 人影が手にしているのは、PCが持ってきた小瓶でした。

「すべてのものは毒であり、毒でないものなんて存在しない。君だって、とっくに侵されているのかもしれない。だから、それならいっそ蝕んでしまえよ。君の『毒』で、すべての世界を」

 PCへ小瓶を軽く振って見せ、その人物は挑発的に言います。

「嫌なら、僕をつかまえてごらんよ。(PCの名前)。世界が、君の想う『毒』に染まるまで。君という毒に蝕まれつくすまで」

 笑い声とともに、姿はふっとかき消えます。


 GMは断章〈誰か〉のデータを公開します。以降、手番を消費して魔法戦を挑むことが可能です。



●服用

 マスターシーンです。断章〈誰か〉を回収後、発生します。

 PCの手に、いつの間にか小瓶が握られていました。それはあのとき薬剤師に渡した、PCが持ってきた毒の瓶です。おそらくこれが少女の求める毒ではないか、そう直感します。


 少女に毒を渡すなら、彼女はPCが差し出す小瓶を受け取ります。そして、満足そうに笑って。

「これだわ! ありがとう」

 小瓶の中身を少女は服毒します(毒の定義を取り込むという扱いのため、仮に自分自身を毒としているPCであった場合などは、別に消滅したり融合したりはしません)。

「……そっか。これが、あなたが想う『毒』なんだね」

 途端、少女の姿はふっと消え失せ、あとにはひとつの小瓶――〈断章〉が落ちていました。

 PCは断章〈毒〉を回収できます。断章〈毒〉の見た目は、PCが持ってきた毒で湛えられた小瓶そのままです。

 また、「客の少女」をアンカーにしていた場合、その名前が「禁書〈誰かへの毒〉」へと変わります。〈禁書〉の願いは「わたしを完成させて」となります。


 もしどうしても飲ませない場合、少女はクライマックスフェイズ時に〈禁書〉として断章〈誰か〉と融合します。しかし〈毒〉としての定義や姿を見失った状態であるため、【編纂】はいびつなものとなるでしょう。クライマックスフェイズの項目にある「断章〈毒〉を未回収である」を参照してください。




■クライマックスフェイズ

 禁書〈誰かへの毒〉との戦いになります。PCが全ての〈断章〉を回収していた場合のみ、分科会側の先攻となります。


 PCの目の前で融合した〈禁書〉は、瓶の中にPCの想う「毒」を湛えており、ガラスの表面に少女の姿を映し出します。

「『すべてのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量こそが毒であるか、そうでないかを決めるのだ』」

「それは、誰かとともに紡ぐ物語なのかもしれない、蝋燭の灯りのような一編の詩かもしれない、描きたかった虹の根元かもしれない、聞かせたかったドレミかもしれない」

「その、あたたかな手のひらさえ、『毒』なのかもしれない」

「あぁ、怖いだろう。恐ろしいだろう。あなたの言葉も、わたしの存在も、『誰かへの毒』となり得るのだから……なら、いっそ蝕んでしまえばいい。その『毒』で、想うがままに」


 瓶の蓋が開き、中から〈禁書〉の呪圏が広がっていきます。

 禁書〈誰かへの毒〉の呪圏は、導入でPCが注いだ「毒」の内容やそれを注いだ理由に応じて変化します。

 例えばなにかしらのトラウマが関わっている場合、そのトラウマの光景が再現されるでしょう。生物的な毒であれば、該当する生物が呪圏内に現れるでしょう。GMは各PCに応じて描写を行ってください。



●断章〈毒〉を未回収である

 PCのもとへ、客の少女がふらりと現れます。

「見つからないの。もう、それでいいや」

 少女はPCから断章〈誰か〉を取ると、それを飲もうとして、しかし逆に〈誰か〉に飲み込まれて融合します。


 〈禁書〉の名前は〈××かもしれない誰かへ〉となります。ガラスの表面に映っているのは少女ではなく、PCの姿です。

 また、「《幻》の精霊」が〈禁書〉の元型として、魔法戦開始時に自動的に召喚されます。




■結末


●封印成功

 禁書〈誰かへの毒〉の封印に成功すると、工房を取り巻く気配は徐々に戻っていきます。しかし、PCの意識や思想が少なからずこの小さな世界へ影響を与えるのは変わりません。PCがここにいる限りは。

 PCのもとにパラケルススが現れ、ゆったりとしたローブの袖から伸びる華奢な手が、小瓶となった〈禁書〉を拾い上げます。(既に手にしていた場合などは、小瓶を覗き込むように見やります)

「おそらく、これが君の求めていた――あるいは君を求めていた、毒なのだろう。さァ、無事に見つかったんだ。持ってお行き」

 パラケルススの白い指が、小瓶をPCに差し出します。

 途端、PCの意識は急速に遠のいていきます。


 気がつくと、PCは小瓶に毒を入れた場所(導入シーン「あなたが想う毒」と同じ場所です)で、うたた寝をしていたところでした。

 傍らには、ガラスの小瓶。そこには、見覚えのある「毒」が湛えられています。


 ――あなたはそれを飲むだろうか、飲ませるのだろうか、それとも。



●禁書〈××かもしれない誰かへ〉の場合

 基本的な結末は同じですが、描写がやや異なります。

 もし禁書〈××かもしれない誰かへ〉の状態で封印が成功したとき、気がついたPCの傍らにあるガラスの小瓶はただのインク瓶であり、なんの魔力の気配もありません。無論、これは「毒」ではありません。(もしPCにとっての「毒」の見た目がインクと遜色なかったりした場合は、差別化できるよう描写を適宜変更してください)

 これは禁書〈××かもしれない誰かへ〉が〈禁書〉として不全な状態だったからです。PCが「パラケルススの工房」を出た瞬間に、それまで世界から「客人」としての認識を与えられていた少女もとい断章〈毒〉の定義は完全に崩壊して、〈禁書〉は自壊しました。しかしPCがその事実を知ることはないでしょう。

 もし「客の少女」がシナリオアンカーだった場合、それが疵になることはありませんが、関係欄からなくなります。

 なお、封印失敗時は以下の項目にある描写とまったく変わりません。



●封印失敗

 〈禁書〉の封印に失敗すると、〈禁書〉から湛えられていた毒が零れ落ち、「パラケルススの工房」の空間に溶けていきます。工房を取り巻く気配は一層PCにとって馴染みあるものへ変容していき、溶けていく毒が世界の光景を蝕んでいきます。PCの想う「毒」へ、PC自身の思考へ、世界の意識がじわりじわりと染められていきつつあるのです。

 その様相を、PCは動けないまま眺めているしかありませんでした。息苦しさがどんどん増していきます。いつの間にか鐘の音が絶えず歪んで聞こえ、PCの脳を揺らしてやみません。


 パキン。ガラスにひびが入ったような音とともに、PCははっと気がつきます。そこは今まで見ていた工房の景色ではなく、PCは小瓶に毒を入れた場所(導入シーン「あなたが想う毒」と同じ場所です)で、うたた寝をしていたところでした。

 傍らには、ガラスの小瓶。しかしそれは空っぽでひび割れており、仮になにかを注いでも漏れ出ることでしょう。こんなものを、いつ、どこで拾ったのでしょうか。

 それを見た途端、ふと、脳裏をよぎった言葉がありました。「手に手に××(ドク)を。湛えてどうぞ、――」……。

 ……××って、なんだったっけ。


 人界を含む世界は徐々に、PCの想う「毒」に侵されていきます。一見すると平和な日常が続いているように見えても、ヒトビトの認識に毒は滲んでおり、やがて染まりきるでしょう。




■ハンドアウト


●“パラケルスス”

【概要】

白い瑪瑙の工房で薬瓶を管理する、ヒトの形をしたもの。自らをパラケルススであると自称する。

緩く編んだ銀の髪を持ち、中性的な容貌をしている。


【秘密】

この者にとってすべてのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。ゆえに、優劣の判断材料はこの者の中にはない。

工房の主であるこの存在は人界の史実上における同名人物とは別人で、一応魔法的な存在だが、PCのような魔法使いとはまったく異なる理を持っている。

「単に毒性が強いってだけでも、色んな指標があるんだよ。それに、ここで扱ってる『毒』ってのは、なにも化学的・生物的なもんばかりじゃあない」

なお、もし運命変転が起きてもこの存在に影響はないが、代わりにPC自身が魔法使いの災厄を受ける。また、薬剤師に二度変転が当たった際も、同様。



●薬剤師

【概要】

パラケルススを慕う子ども。常に手袋とマスクをしており、外すことは滅多にない。

触れようとすると、「危ないですよ」と距離を取る。


【秘密】

この者にとって、毒とは自分自身である。

かつて子どもは小瓶を拾い、自らを毒としてこの世界に訪れた。パラケルススに拾われ、現在は毒の管理のお手伝いをしている。

「そういえば、あなたはどうして、小瓶に入れる毒にあれを選んだんですか?」

純粋な疑問に彩られた瞳が、PCを見上げて瞬いた。



●客の少女

【概要】

工房を訪れた、年端もいかない少女。

世界で一番の毒を所望しているが、なにを以て一番とするのかの基準が分からなければ、処方のしようがない。


【秘密】

この者にとって、毒とは自分を変えてくれるものだ。

しかし薬剤師がどんな毒を差し出してきても、彼女は「これじゃない」と嫌がっていた。

「わたしはカンペキじゃない。わたしは『わたし』を殺したいの。そうしたら、カンペキになって、おうちに帰れる」

彼女は世界で一番の「毒」がなければ、工房から帰れない。彼女の言う世界で一番の「毒」は、直感で分かるのだという。



●パラケルススの工房

【概要】

天河石の海に緑青の森、そして際限なく薬棚が並ぶ瑪瑙の建物。流れてくる毒入り小瓶たち。

この世界を構成する要素は少なく、小さく、そして果てしないほど毒に溢れている。


【秘密】

要素が少ない世界は、魔法災厄も相まって、来訪者の思想に左右されやすい。

PCの存在もまたこの世界にとっては一種の毒であり、同時にこの世界はPCにとっての幻覚剤である。

この世界にはPCの思想が混じりつつある。とりわけ魔法使いであるPCの考えは、この世界の価値観に強い影響を及ぼす。

すなわち、PCがここにいる限り、PCが想うものこそが世界で一番の毒である。




■データ

*断章〈誰か〉

 攻撃:3 防御:4 根源:3 魔力:6-1

 領域:夢

 特技:《海》、《幻》

 魔法:【逆転《幻》】【書海】【凶兆】


*断章〈毒〉

 攻撃:3 防御:3 根源:3 魔力:6-1

 領域:歌

 特技:《物語》、《腐敗》

 魔法:【加勢《腐敗》】【呪毒】【幸運】


*禁書〈誰かへの毒〉

 攻:3 防:4 根:3

 魔力:12-2

 領域:歌

 特技:《海》、《物語》、《幻》、《腐敗》

 魔法:

  【逆転《幻》】【書海】【凶兆】

  【加勢《腐敗》】【呪毒】【幸運】





「パラケルススの小瓶シーン表」

2: 珊瑚の浜辺。海から押し寄せる波の音が時折響く。足元に小瓶が流れ着いた。きっとこれも毒なのだろう。そのシーンに好きな魔素が1点発生する。

3: 或る毒瓶の中身。それは、誰かとともに紡ぐ物語なのかもしれない。そのシーンに獣の魔素が1点発生する。

4: 緑青の森。向こうにある瑪瑙の建物の中で、薬剤師が小瓶を並べている光景が見える。

5: 或る毒瓶の中身。それは、蝋燭の灯りのような一編の詩なのかもしれない。そのシーンに力の魔素が1点発生する。

6: 一面に毒瓶の棚が並ぶ廊下。陳列された大小さまざまな瓶とその中身は、ひとつ足りとて同じものがない。

7: 或る毒瓶の中身は空で、あなたの手がガラス越しに映る。その、あたたかな手のひらさえ、「毒」なのかもしれない。ランダムに特技ひとつを選び、判定を行う。成功すると、好きな魔素が2点発生する。失敗すると、「運命変転」が発生する。

8: 一面に毒瓶の棚が並ぶ廊下。瑠璃と瑪瑙の床をたたいて、足音が鳴る。

9: 或る毒瓶の中身。それは、描きたかった虹の根元なのかもしれない。そのシーンに夢の魔素が1点発生する。

10: 調剤室のような一角。パラケルススが水煙草をふかしながら、あなたの様子をゆったりと眺めている。

11: 或る毒瓶の中身。それは、聞かせたかったドレミなのかもしれない。そのシーンに歌の魔素が1点発生する。

12: たった今通り過ぎた棚に、毒瓶ではないものが置かれていた。その傍には小さな紙片。「想うがままに、君の毒」。そのシーンに好きな魔素が1点発生する。

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クレジット表記

作品名:パラケルススの小瓶 - 滲む世界と君の“××” -
作者名:薙
連絡先(Twitter)等:@Leon_S_trpg

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